迂闊だった・・・

あの得体の知れない触手の恐ろしさは身に沁みているつもりだった。

だがそれも『つもりだった』に過ぎなかった。

かろうじて結界内ではたいした襲撃は受けなかったが、この洞窟に入った途端一斉に襲撃を仕掛けられセイバー達はどうにか脱出できたようだが私と宗一郎様は完全に取り残されてしまった。

それでもどうにか防衛出来たが、ついに前方を取り囲まれる。

「宗一郎様お逃げ下さい。その間だけでも私が食い止めます」

魔力弾を展開し私のただ一人の主に進言する。

「いや、逃げるならお前も一緒だ」

そう無骨に言い、再度構えを取るがもうその姿は満身創痍、闘えるものではない。

「申し訳ありません・・・宗一郎様・・・私は・・・」

巻き込んでしまった。

この人を。

生前から英霊となって、初めて私に真実の安らぎと幸福を与えてくれたこの人を。

守りたかったのに・・・

「気にするなキャスター。私は私の意志でお前を助けようと思っただけの事。来るぞ」

その言葉通り触手が襲撃を開始する。

私達が構える中突如後ろから二本の剣が飛来し触手をなぎ払う。

「これは??」

その答えは直ぐに後ろから聞こえた。

「キャスター!!葛木先生!!一旦下がれ!!」

あの坊やだった。

聖杯の書十一『再契約』

俺の手から放たれた『干将』そして『莫耶』は次々と前進した触手を切り払う。

そして互いの剣が交差する直前俺は再度同じ剣を投影する。

ただし、それを左右逆に持ち代えて。

すると、剣は意思を持ったように交差しこちらに舞い戻ってくる。

この夫婦剣の絆の強さは絶対だ。どの様な事があろうとも別つ事は誰にも出来ない。

何処にいようとも剣は番いの元に還って来る。

そして手元に戻って来た所に持っていた夫婦剣を魔力に返し受け取る。

見れば触手は姿を消している。

追い討ちを掛けるものと思っていたがその気配もない。

まあ今の内に体勢を整えるとしよう。

「衛宮」

「坊や」

そこに葛木先生とキャスターがやって来た。

「衛宮世話になったな」

「いえ、貴方が死ねば一成が悲しみますから」

「そうか」

「坊や、宗一郎様をお助けしたのは嬉しいけど、一つ聞きたいわ。どうして私まで助けたの?私は坊やを殺そうとしたのよ」

葛木先生が無表情なのに対してキャスターは半分詰問気味に俺を問い詰める。

「昨夜のあれは戦争中だったからな。それについてどうこう言うつもりはない。それと、なんであんたを助けたのかは葛木先生を助けようとしていたからな」

「は?」

「あんたはついでだって事さキャスター。もしあんたが自分一人だけの保身を図り逃げようとしたら、さっきの剣はあんたを貫いていた。でもあんたは踏みとどまり葛木先生を身を挺して守ろうとした。そして葛木先生もあんたを守ろうとした。だから一緒に助けた。まだ理由が必要か?それなら用意するが」

俺の言葉に

「ふ、ふふふ・・・はははは・・・あっはははははははは」

身を捩じらせて笑うキャスター。

「下手な嘘や上辺だけの綺麗事よりよほど信用できるわ。本当面白い坊やね」

「そいつはどうも。だけどキャスターいい加減坊やは辞めてくれないか?」

「あら?私から見れば坊やよ」

まあ、神話の時代に生きていたキャスターから見てみれば俺なんかおしめも取れていない坊やなんだろうが・・・

こうまで言われると

「でもキャスター、そうなると葛木先生も坊や扱いしてもいいんじゃないのか?」

ささやかな反撃も行いたくなる。

「!!!い、良いのよ!!宗一郎様は!!」

そうですか。

「さて、話は変わるがキャスター他の全員は??」

「先に進んでいる事は間違いないわ。でも生死については私にもわからない。あの触手のせいで完全に分断されてしまったから」

「そうか・・・で、アサシンは全滅したから残りは七騎・・・」

「坊や?アサシンが全滅ですって」

「ああ、マスターであった慎二の言葉を信じるなら・・・それはそうとキャスターお前達はどうする?進む気なら一時休戦しないか?」

「休戦?」

ああそうだと頷く。

「この触手どう考えても今後も襲撃は続くだろう。断るならそれでも構わないが、もう葛木先生戦えないだろう」

そう、葛木先生の全身はすでに至る所触手に切り裂かれている。

運よく大半は軽傷だが拳の傷のみは深く切り裂かれもう戦闘が出来るとは思えない。

「俺としては、これ以上俺たちでいがみ合うよりも協力した方が良いと思う。それに俺としてはあんたの魔術師としての能力は高く買っている。出来れば受けてほしいが」

「・・・」

暫しの沈黙の末

「・・・判ったわ。どの道また戻るとしてもあの触手が襲撃を仕掛けないとは言い切れないし・・・坊やの休戦案受けるわ。ただし、条件があるわ。宗一郎様に一切危害を加えない事、これを守れる?それを守るなら私も貴方の休戦の提案受けてあげる」

「ああ、お安いものだ」









俺達三人は引き続き洞窟を進む。

「気配が消えたな・・・」

俺の呟きに他の二人も頷く。

「ええ、あれほどの魔力が失せていますわね」

「それにこちらを伺っていた殺気が完全に消えている」

二人の言葉は正しい。

あの触手を形成する為の魔力はいずこかに消え失せ、俺達を隙あらば引き裂こうとしていた殺気が消えていた。

「他の所に向かったのか?」

「そうであって欲しいわね。それなら少なくてもあれは無限じゃないって事だし」

まったくキャスターの言うとおりだ。

それならまだ、俺達に希望は残されている。

「・・・!!」

「坊や・・・」

「ええ前方で・・・」

地面を抉る様な轟音と聞き覚えのある咆哮が轟く。

それを聞いて俺は直ぐに駆け出す。

「投影解除(トーレス・アウト)投影開始(トーレス・オン)」

その手にもつ 夫婦剣を消してから新たに軍神の槍と破戒の短刀を握り締める。

そこは通路よりは若干広い小空洞。

そこで推定三十近い触手を相手に壁を背にして半包囲状態で奮闘しているのはバーサーカー。

「!!イリヤ、バーサーカーと一緒に横へ!!」

「えっ?シロウ!!」

一瞬硬直するが直ぐに

「バーサーカー!!」

「―――――――――!!!」

その号令でイリヤを抱えたバーサーカーは重戦車の如く触手を吹き飛ばして包囲網を脱出する。

その後を当然の様に追いかける触手。

だが、行かせる訳が無い。

すでに接続は完了している。

「大神宣言(グングニル)!!」

真名によってその力を発揮したグングニルは触手を次々と貫く。

更に俺が接続させたルールブレイカーの能力で魔術は無効化され消えていく。

「やはり・・・あれは虚無魔術の応用・・・」

俺が得心にいっている間にも一本たりとも逃がす事無く刺しては触手を消していくグングニル。

三十秒ほどで根こそぎ触手は消え去りグングニルは俺の手元に戻ってくる。

それを空中で受け取ると、直ぐに周辺の解析に入る。

「・・・ここにはもういない・・・よし」

ようやく力を抜く。

そこに

「シロウ!!」

「ぐふっ!!」

腹部に衝撃が・・・

見ればイリヤが俺目掛けて頭からどてっ腹に突っ込んでいた。

「もう!!シロウ何処ほっつき歩いていたのよ!!それになんか知らないけどキャスターと一緒ってどういう事?」

「あ、ああ・・・すまない、少し寄る所があったから・・・それとキャスターとは今休戦中なんだ」

「休戦?シロウ、本気でキャスターの事信じているの?」

イリヤの懸念はわかる。

俺も信じるべきでないのではと言うの声だってある。

しかし・・・

「ああ、俺は信じる」

「・・・ふう・・・仕方ないわね・・・良いわ、シロウに免じてキャスターの事は目を瞑ってあげる」

「ありがとうなイリヤ。それで・・・凛達は?」

「もう先に進んでいるのは間違いないわ。この洞窟は基本的に一本道だから」

「そうか・・・それにしてもどうしてイリヤだけ置いて行かれたんだ?」

「簡単よ。あの触手バーサーカーに集中攻撃してくるんだもの。バーサーカーでも捌ききれなかったわ」

「防御力自体はたいした事無い様に見えるが・・・」

「甘いわよ坊や」

「そうよシロウ。倒しても倒しても、うじゃうじゃ出てくるんだから」

「ええ、まったくゴキブリみたいな敵よ」

「そうか・・・じゃあ・・・イリヤ・キャスター、葛木先生」

三人を呼ぶと俺は三本ルールブレイカーを投影で創り上げ、それからグングニルとリンクさせる。

「??シロウ何やってるの?」

「皆に念の為これ渡して置く」

そう言ってリンクさせたルールブレイカーを手渡す。

「・・・坊や・・・本当に規格外ね。私が持っているオリジナルに迫るものじゃないの・・・」

「夕べも言っただろう?俺はこれしか能が無いって・・・で、それにグングニルの能力を接続してある」

「接続ですって・・・」

キャスターが絶句している。

「まあ自分でもこの魔術が異端だって判っているけどな」

「異端って・・・それ所じゃないわよ。坊や・・・自分が何をしたのか判っていない様ね」

「そんなにすごい事か?」

「はあ・・・バーサーカーのマスター、貴女やセイバーのマスター、ライダーのマスターに深く同情するわね」

「判る?もうシロウがこんなだから私もリンもサクラも苦労するのよね」

「何でさ」

むしろ苦労しているのは俺だぞ。

「何ででもよ・・・とにかくこのルールブレイカーの偽物にはグングニルの能力が補填されているのよね」

「ああ、だから追い詰められたらこいつを投擲してくれ。さっきも試したがあれは明らかに虚無魔術の応用だ。こいつを突き刺せばあれも消える」

「なるほどな。切り札と言うやつか」

「どちらかと言えばいたちの最後っ屁ですかね・・・じゃあ俺は先に行っているから」

「「えっ??」」

おお・・・イリヤとキャスターの声が見事はもった。

「凛達が先行している以上速く追いつかないとならないからな」

バーサーカーですら、てこずった触手だ。

一刻も早く合流しないと危険だ。

「二人は後からついて来てくれ。触手は俺の方で片っ端から消していくから」

そう言うと俺は一目散に駆け出した。









「・・・呆れた・・・」

私はようやく声を絞り出した。

先程まで敵であった私をよくここまで信じられるものだ。

私を疑う気は無いのだろうか?

たぶん無いのだろう・・・何と言うお人好しなのか・・・

「もうっ!!シロウは本当に!!」

見ればバーサーカーのマスターがここにいない坊やに文句を言っている。

「同情するわ。本当に苦労しているようね」

「まったくよ。まだ数日だけどシロウの性格は良くわかったから。何しろ本気で殺そうとした私を家族だって言うんだから・・・本当に呆れたけど嬉しかった・・・それでどうするの?メディア、この間合いなら私を殺す事も出来るけど?」

ぎょっとする。

私の真名をどうしてと思ったが、おそらく坊や経由で知れたのだろう。

「馬鹿言わないで。確かに私は『裏切りの魔女』メディアよ。でもね、無条件で信じてくれている相手を裏切る気はもう無いわ」

そう・・・私は裏切る気は無い。

「そう・・・妙な事を聞いたわね。謝罪するわ」

「別に良いわよ。その代わりと言っては何だけど貴女のバーサーカーで」

「マスターを守れって言うんでしょ?構わないわ」









「!!」

足元から噴出した触手を一刀で切り伏せる。

それと同時に触手は消え失せる。

いま夫婦剣にルールブレイカーの能力をリンクさせているおかげで掃討は思いの他上手くいっている。

いくら三百六十度何処からでも襲撃を仕掛ける事が出来ても、どれだけ速く動けても殺気までは隠せない。

殺気を辿っていけば良いだけの事。

まあ時折

「!!右四十五度、頭上、左三十度」

二方向以上から同時に襲撃を受けるがその時には一旦かわし夫婦剣を地面に突き刺しズボンのベルトに挟みこんだルールブレイカーに手を当ててから投影と接続に入る。

「投影開始(トーレス・オン)・・・投影接続(トーレス・リンク)・・・完了(セット)」

片道リンクなので所要時間など相互接続より短く済む。

暴風の剣を造りだしルールブレイカーの能力を片道リンクさせて

「吹き荒ぶ暴風の剣(カラドボルグ)!!」

一網打尽にする。

「ふう・・・マジできりが無い」

カラドボルグを魔力に戻し再び夫婦剣を握り直し、背中に背負ったグングニルを背負いなおしてから、先を急ぐ。

掃討が上手くいっていると言っても時間を食うのは間違いない。

(無事で・・・無事でいてくれ・・・皆)

脳裏に過ぎるのは慎二の最期。

それが凛や桜とだぶる。

その不吉極まりない想像を打ち壊し、先を急ぐ。

「まだ追いつけないのか・・・」

焦りが募り出した時、前方から魔力を感知する。

「間に合ったか!!」

俺が飛び込んだのはイリヤがいた空洞と同じサイズの小空洞。

凛も桜も無事だが、二人は既に分断され、凛はセイバーと共に触手に壁を背に半包囲され、ライダーは逃げ切れないと察したのか桜だけでも助けようと、上空で桜を突き飛ばし触手に貫かれ様としている寸前だった。

迷いなどある筈がない。

俺は・・・誰一人死なせない。

背中のグングニルを引き出しライダーの援護に投擲する。

「大神宣言(グングニル)!!」

同時に片手に鉄槌を投影すると同時にセイバーに叫ぶ。

「セイバー!!凛を抱えて跳べ!!」

「?シロウ!!」

触手の間から俺の姿を認めたセイバーが驚愕するが直ぐに凛を抱えて跳躍する。

それを追わんと触手が追撃を開始するが行かせる訳が無い。

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

鉄槌は直ぐに触手を数本吹き飛ばし、中心部で

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

爆発を起こし一つ残らず消し飛ぶ。

それを見届けてから俺は地面に激突する寸前の桜をスライディングの要領で滑りながら抱き止める。

「せ・・・ん・・・ぱい??」

いまだ呆然としている桜の無事を確認してから 地面に下ろし再度駆け出す。

その視線の先には、触手の攻撃からは逃れたが地面に向かって墜落するライダーの姿があった。









時を巻き戻す。

「ライダー」

「くっ・・・大丈夫ですサクラ、決して私と離れない様に」

私を不安にさせまいと必死に強がっている様だが状況が絶望的なのは私の目から見ても明らかだ。

洞窟に侵入するなりあの影の触手は四方から現れて私達に襲い掛かる。

あれ自体はそう脅威でもない。

バーサーカーにライダーやセイバーさんはもちろん、キャスターのマスターである葛木先生でも打破できる。

(でも姉さんは『一体あの教師何者よ』と呟いていたけど)

でもその数が桁違いだった。

私達が十退かせれば次は百で襲い掛かってくる。

そうやっている内にまずキャスターが、続いてイリヤちゃんともはぐれてしまった。

「姉さん!」

「桜!他人の心配は自分の事をどうにかしてから!!今は後ろ振り向いている余裕無いわよ!!」

「リン、サクラ!また来ます」

「まったくきりがありませんね・・・セイバー、致し方ありませんここは」

「判っています。マスターの身を守る為ここは共闘しましょう」

今度は百に届きそうな量の触手が私達に襲い掛かりこのポイントで完全に足止めされてしまった。

それについに姉さんとも分断され・・・とは言っても十メートルも離れていない所にいるけど・・・あの触手が壁となり私達を隔てている。

「くっ!!サクラ!私に掴まって下さい!!」

そう言うとライダーは私を抱えて上空に跳躍する。

直ぐに触手が後を追う。

ライダーも必死に逃げようといているが・・・駄目だ。

信じられないがあの触手の方が速い。

このままでは追いつかれてあの触手に貫かれる。

「・・・サクラ、お別れです」

不意にそう言うとライダーは私を押し出した。

そのまま離れていく。

ライダーの直ぐ後ろにはあの触手が迫っている。

もう駄目なんだ。

これでライダーとお別れなんだな。

呆然とした頭でそう漠然と思った瞬間

「大神宣言(グングニル)!!」

私がこの世で一番安心できる人の声が聞こえた。

「えっ?」

そして気づいた時私は先輩の腕にしっかりと抱き止められていた。









状況はますます悪化してくる。

倒しても倒してもわずかな減少すら見せず私達をその爪の餌食にせんと迫ってくる。

更に速度は私以上、少なくてもランサーに迫るものがある。

このままではサクラまでもあの触手の餌食になってしまう。

私に迷いは無かった。

「・・・サクラ、お別れです」

そう言って私はサクラを空中で押し出す。

最初何がなんだかわからず呆然としていたサクラだったが直ぐに察したようだ。

数秒後には私はあの触手に貫かれる。

(サクラ、どうか無事に生き延びて下さい。それとセイバー、少々癪ですがサクラの事お願いします)

その時、

「大神宣言(グングニル)!!」

彼の声が聞こえた。

馬鹿な、そんな都合良く現れる訳が無い。

確かにあの時・・・ランサーの槍に貫かれる所を彼は助けてくれた。

何の見返りも求めず、わずかな打算すら働かせず、ただ純粋に助けてくれた。

私にはそれが眩しかった。

だからと言ってそうもたやすく来る訳が無い。

だが、私の否定する考えとは裏腹に、背中の皮膚に感じていた鉤爪の感触が一瞬で消え失せ、私は思わぬ事態の急変に体勢を崩す。

そして呆然としたまま地面に叩き付けられるかと思ったがその私を誰かが力強く受け止めていた。









「ったく・・・これ操っている奴相当陰険ね」

私の背後でリンがぼやく。

それについては私も同感だ。

どんなに斬っても次から次へと沸いて出てくる。

「リン完全にライダーと分断されましたがサクラは無事でしょうか?」

私の懸念に対して

「大丈夫よ。桜は私の妹よ。そう簡単に死なないわ。それにライダーもいる。ライダーなら桜を絶対守りきるでしょうし」

力強く断言する。

しかし、その言葉とは裏腹に口調の端々は震え、そわそわして落ち着きも無い。

しかし私はあえてそれを口にする事無く、

「そうですね。確かにライダーとは反りは合いませんが、彼女のサクラに対する思いは本物です。彼女ならサクラを守りきる筈です。ならば私もリン、貴女を守りましょう」

その言葉と同時に剣を構える。

だがその瞬間、

「セイバー!!凛を抱えて跳べ!!」

視線が思わず向く。

そこにはまぎれも無いシロウの姿が・・・

思考は硬直したが身体は反射的に動いた。

私は直ぐ、シロウの言葉通りリンを抱き抱えるとそのまま跳躍する。

下から触手が襲撃を掛けてくるが

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

 彼が好んで使う黄金の鉄槌が触手を巻き込み、続けざまに爆発した。

私が着地したとき私を襲う触手は残らず吹き飛んでしまっていた。

「・・・これやったの・・・」

「はい、間違いなくシロウです」

リンを降ろしながらそう告げる。

改めてシロウの底の見えない実力に愕然とする。

「桜!!」

と、リンが駆け出す。

見ればサクラが定まらない視線で宙をさまよっていた。

しかし、よく見れば頬を赤らめている様な・・・

「桜!桜!」

「・・・はぁ・・・先輩・・・」

「ちょっと!!桜!!」

「えっ?ね、姉さん!!大丈夫だったんですか?」

ようやくサクラが我に返りました。

「ええ、どうにかね。それよりもライダーは?」

その質問に及ぶとサクラの表情が曇る。

「ライダーが・・・私を・・・助けるために・・・」

これ以上は声が出ないようだ。

それ以上言わなくても判る。

おそらくあの触手に・・・

リンも私も俯く。

彼女とは確かに相性は合わなかった。

しかし、ここまで共に戦い抜いてきたいわば戦友の死を悼まない者などいない。

そう思いライダーの死を惜しんでいた時

「あーーーーーーーーーー!!!!!ライダー!!!!!」

「あんのケダモノ何しているのよーーーーー!!!!」

突然リンとサクラが絶叫を上げる。

いや、咆哮でしょうか?

思わず視線を上げるとリンとサクラはちょうど私の真後ろを凝視している。

何かと思い振り向いた瞬間、・・・私も凍りついた。

そこには・・・シロウがライダーを抱き抱え・・・あれはお姫様抱っこと言う奴でしょうか?・・・その場に立っていた。

やがてシロウはライダーを地面に降ろす。

一言二言話しているようだが私の耳には入らない。

やがて・・・あろう事かライダーが頬、いや顔を赤らめシロウと見つめ合う。

それは一枚の絵画の様に絵になっていた。

なっていたが・・・私の心にドス黒いものが溢れて来た。

ふ、ふふふふふふふふ・・・

そうですか・・・そうなのですかシロウ・・・

貴方はあのような背高ノッポの方が好みなのですか?

それとも、あの殿方に媚び諂う様な服装にやられましたか?

もしや・・・まさかとは思いますが・・・その胸にコロリといきましたか?

どちらにしろこれはお仕置きが必要なようです。

それもシロウに・・・

クス・・・クスクスクスクスクス・・・もうライダーったら・・・ライダーったら・・・本当にいけない子ね・・・私の先輩に手を出すなんて・・・でも・・・先輩はもっとひどいです・・・クスクス・・・

ふふふふふ・・・あのケダモノ士郎、覚悟は出来るんでしょうね・・・随分見せ付けてくれているけど・・・

見れば二人とも思いは同じ様だ。

私達は頷き合い、それぞれの飛び道具を同時に浮気者(シロウ)に叩き込んだ。









桜を無事に受け止めた後俺は体勢を整え切れなかったライダーを余計なお世話と自覚しながらも受け止める。

その際膝を屈伸させ落下の衝撃を最小限に抑える事も忘れない。

何しろ桜の時は仰向け状態だったので衝撃を身体全体で受け止めたが、今度は立った状態だ。

無論負担は腕全て掛かるのだから。

それと同時に俺の脚元に掃討し終わったグングニルが帰還して地面に突き刺さる。

それを見届けてから一帯の解析に当たる。

何か聞き覚えのある絶叫が聞こえたが・・・気のせいだ。

そんな事で集中を乱す訳にはいかない。

今は一刻も早くここが安全だと確信しないと・・・

やがてここにも触手は存在しない事を確認する。

「ふう・・・一先ずここも安心か」

一息つく。

そこに

「あ、あの・・・」

声が俺の直ぐ至近で聞こえた。

見ればライダーを抱き抱えたままだって事をすっかり忘れていた。

「ご、ごめん」

ようやくライダーを降ろす。

「居心地悪かったろ?」

「い、いえ・・・その様な事は・・・それにしてもこれで二度目ですね。貴方に助けて貰うのは」

「え?・・・ああ、ランサーとの時か。別に二度だろうが三度だろうと関係無いけどな。それよりも怪我は?」

「大丈夫です。桜にはかすり傷一つも」

「いや、桜の事もそうだが俺はお前の事も聞いたんだが」

「わ、私の?」

「ああ、別に変でもないだろ?」

「いえ、変です。前から言おうと思いましたがシロウ、貴方はサーヴァントに対して必要以上に情を掛け過ぎている」

「?なんでさ。いけない事か?」

「聖杯戦争においては悪そのものです。もともと私達はマスターの手足となる・・・いわば道具です。それにこれほど感情を移す必要など・・・」

その言葉を遮る。

「だけどライダーは女性だろ?だからさ。ああ断っておくが別に女性だから弱いと言う訳じゃない。サーヴァントだとかそんな事は捨てておいて男は女性を守るのが当然であり存在意義なんだよ」

まあこれは親父の受け売りだし、志貴と言う実例を目の当たりにしているからな。

何しろあいつは自分の何十倍・・・いや、何百倍か・・・とにかくそれ位強いアルクェイドさんやアルトルージュさんを身体張って守っている訳だし。

「!!!!」

な、何だ?何故かライダーが頬を紅潮させている。

「ああ・・・えええ・・・」

おまけに支離滅裂な言葉を吐き出している。

「おい・・・ライ・・・」

その瞬間殺気が俺に一点集中される。

とっさに身体をしゃがませる。

その一秒後に風の塊とガンド、それに黒い影らしきものがさっきまで俺の頭部があった箇所を通過して壁に命中した。

「・・・おい、洒落にならんぞ」

表情を引きつらせながら発射された方向を見ると・・・そこにはセイバー、凛、桜・・・いや、あおいぼうくん、あかいあくま、くろいあくまがいました。

お三方どうして先程の触手より恐ろしい、と言うかおぞましい殺気をよりにもよって俺に集中させているのでしょうか?

(ここにこれ以上いたら殺される)

そう確信して俺は気が狂う速度でグングニルと片道リンクさせたルールブレイカーを四本同時に作り出すと、地面に置いて、逃げる・・・もとい、先を急いだ。

ここで悠長な事をしている場合ではない。

先を急がないと・・・現実逃避しているわけじゃないぞ・・・きっと・・・

「先に行く!!もう直ぐイリヤが追いつくからそこで合流してくれ!!」

白々しくそんな台詞を残して。









士郎が走っていくのを私は呆然と眺めていた。

脳裏には先程の言葉が輪唱されている。

しかし、その時私も逃げなければならなかった。

何故なら・・・

うふふふ・・・ライダー・・・

「は、はい・・・なんで・・しょうか?・・・サ、サクラ・・・」

サーヴァントの私ですら一歩引いてしまう程の黒い何かをまとった桜がそこにいたのだから。

クスクスクス・・・ライダー、どうだった?

「ど、どうと言いますと・・・」

士郎にお姫様抱っこされたじゃないの・・・

私も是非感想を聞かせて貰いたいですね

リ、リン・・・セイバー貴女達まで・・・

「い、いや・・・どうと言われても・・・私とほぼ同じ身長の彼に容易くされたのは意外と言うか・・・シロウの力強さを確信したと言うか・・・」

「「「・・・・・・・」」」

ドス黒いものが更に大きくなる。

私は更に危険な状況に追い込まれた様だ。

このような状況を何と言うのだろうか?

クスクスクスクス・・・『火に油を注ぐ』って言うのよ・・・ライダー

何、惚気を言っているのよ・・・

それよりも・・・何故貴女が軽々しく『シロウ』と呼んでいるのかそこも追求しなければなりませんね・・・

ああああああ・・・こ、これはかつて姉様達にいびられていた時以上の恐怖が・・・

うううう・・・シロウ・・・本気で恨みます。

どうせでしたらあの体勢で私を共に連れ出して欲しかった・・・

私が自分のマスターの手で消されるものと覚悟を決めた時、

「あ〜!!やっと追いついたー!!」

救いの主が来ました。









「で・・・つまり皆ライダーの追及に意識がいっぱいで肝心のシロウを逃がしたって事ね」

「だ、だって・・・」

「もう!!なっていないわね!!こういった時はシロウを逃げられない様にしてからいびるのが一番良いんじゃないの!それに私達はシロウを止めなくちゃならないのよ!!それなのに後でどうとでもなる標的に固執するなんて本末転倒も良い所じゃない!!何考えてるのよ!!」

「「「すいません・・・」」」

士郎の後を追いながら事情を聞いたイリヤがガミガミ三人を説教している。

「それとライダー、シロウを捕まえたら一緒に追求するからそのつもりでね」

最も露骨に安堵しているライダーに釘を刺すのも忘れなかったが。

そんな光景を後ろから生暖かい視線で見ているのはキャスター。

そして残る葛木宗一郎とバーサーカーは関心が無い様に(もともとバーサーカーは理性自体が無いが)周囲を観察していた。

「ふふ、本当坊やって人気者ね。でも・・・あの坊やの何処が良いのかしらね?」

その余裕たっぷりの声に凛が不服そうに振り返る。

「なによ?何か文句でも」

「いいえ別に。でも確かにあの坊や素材は良いから磨けばもっと良い男になるでしょうね」

そういって宗一郎の腕に絡み付く。

「まあ宗一郎様には到底叶わないけど」

だがそう言った時、その宗一郎の歩みが止まった。

「??宗一郎様」

「キャスター、少し下がれ」

「?一体何が・・・」

「リン下がってください」

「サクラ貴女もです」

「ライダー?」

「バーサーカー、前に出なさい」

主の命を受けて巨人が前線に立つ。

全員の視線の先には・・・

「よう、やっとお気づきか?」

真紅の槍を構えた青きサーヴァント・・・ランサー=クー・フーリンが立っていた。

「ランサー貴方が門番と言うことですか?」

「まあそうなるなマスターから『ここから先一歩も進ませるな』とお達しでな」

「ったく・・・陰険よね綺礼の奴も」

と、そこで思いがけない言葉をランサーが告げる。

「おっと嬢ちゃん、せっかくの言葉申し訳ねえが言峰ならくたばったぜ

「そうなの?まあ、あいつの事だから間違っても天国には・・・って!!!えええええええ!!綺礼が死んだ??」

「ああ、ついでにあの英雄王も一緒にな」

「ど、どう言う事よ!!綺礼が死んだって!」

「ど、どうしてですか!」

色々いがみ合っていたがやはり言峰綺礼は凛と桜、遠坂姉妹にとっては兄弟子だ。

その衝撃は大きかった。

「ちょっと待って、じゃあ何でランサーはここを守っているのよ!もうコトミネが死んでいる以上ここを守る義理は無いんじゃないの?」

イリヤが当然の疑問を発する。

「あのよう、俺はマスターの命令と言ったんだぜ。一言もコトミネの命令とは言ってねえだろうが」

その言葉にキャスターが理解する。

「そう・・・貴方新しいマスターを得たのね」

「そう言うこった」

「新しいマスター・・・ってまさか臓硯?」

「臓硯??ああアサシンのマスターの陰気な爺か・・・馬鹿言え。あんなくそ爺の元で働く位なら消滅した方がましだ。それにあの爺ならとっくにくたばったぜ。コトミネが完膚なきまでに殺してな」

凛の予測を鼻で笑い飛ばすランサー。

「じゃあ・・・間桐先輩?」

「それもありえないわ」

桜の疑問に答えたのはキャスターだった。

「坊やの話だともう一人のアサシンのマスターは既に脱落したと言っていたし」

「じゃあ誰よ!!もう誰もいないじゃないの!!」

「おいおい、お前ら一番肝心な奴忘れていないか?」

「誰よ!!」

「「!!!」」

凛が判らずに更に問いかけた時桜とイリヤが一つの可能性に辿り着いた。

「おっ、向こうの方はわかった様だな」

「も、もしかして・・・先輩?」

「ひょっとして・・・シロウ?」

「ビンゴ、・・・と言うか初めからわからねえか?」

やや呆れながらそう言うランサー。

時はやや遡る。









どうにか地獄空間を脱出した俺は引き続き触手を片っ端からぶった切り先を急ぐ。

だが、凛達は全員無事が確認できたので焦りは無い。

「後出くわしていないのは・・・言峰達か・・・出来れば出くわしたくは無いな・・・」

何しろ奴にはランサーにギルガメッシュがついている。

下手に遭遇すればそれは俺の死を意味する。

だが、奴らが先行している以上戦闘は避けられない。

俺は『大聖杯』を破壊するのが最終目標だし、言峰はそれを断固として阻止するだろう。

と、その時前方に人影を見つけた。

「?・・・何者だ?」

俺は慎重に相手を出方を見極めながら近寄る。

と、その時人影が話しかけた。

「へっ、そんな警戒するな。俺には戦う気もねえし、そもそも戦えねえからな」

「!!その声は、ランサー」

あわてて近寄ればそこにいたのは紛れも無いランサーだった。

しかし・・これはどう言う事だ?

ランサーの足元は透き通り始め、その腹部は貫かれて出血している。

「どうした?これは?お前ほどの強者が」

「へっ・・・少し気を取られてな・・・」

「気を取られた?何があったんだ?」

「・・・けっ情けねえ話だが言峰がやられた事で集中力が切れちまった」

あんなくそ野郎でもマスターはマスターだからなと続けて言ったがそれよりも聞き捨てならない事をランサーは言っていた。

「・・・何?言峰が?」

「ああ、ついでに英雄王もな」

何だと?ギルガメッシュまで??

だが、俺の困惑をよそにランサーは話を続ける。

いや・・・それはむしろ愚痴だった。

「けっ・・・まったくついてねえぜ。最初のマスターはあの言峰のだまし討ちに合って強引に移譲を認めさせられ、そうしたら今度は偵察に専念しろかよ・・・せっかく思う存分戦える事を願って英霊になったって言うのに全く割りが合わねえよな・・・」

「・・・ランサー、お前の願いはそれなのか?」

「ああ、全身全霊を掛けたギリギリの命の鬩ぎ合い。本物の死闘がな」

「・・・ならランサー俺と再契約する気は無いか?」

「へ?だがお前はセイバーの・・・」

そこでランサーの言葉が止まる。

「そういやセイバーはあの嬢ちゃんに移っていたな・・・」

「ああ、別にセイバーに不満がある訳じゃなかったんだが、セイバーとの契約は既に断っている」

「・・・悪い事聞いたな」

「別に良いさ。でどうする?無理強いする気は無い。お前の好きな方を」

俺の台詞を遮る。

「何言っている、お前とならむしろ大歓迎だ早速やってくれ」

「・・・決断の早い奴だな。わかった・・・いくぞ・・・告げる!!汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に!聖杯のよるべに従いこの意、この理に従うのならば・・・我に従え!!ならばこの命運汝が剣に預けよう・・・そして汝が願い、わが命に賭けて・・・『錬剣師』の名に賭けて叶えよう!!」

「ランサーの名に賭けて誓わせてもらうぜ。今この時よりお前がマスターだ!士郎!!」

その瞬間令呪が消えていた手の甲に新たな令呪が刻まれ、ランサーの傷と消えかけていた両足が瞬く間に復活を遂げる。

「体調はどうだ?ランサー」

「文句無い。これなら十分戦える。改めてサーヴァントランサー、真名・・・はもう知っているだろうが一応名乗っておくぜ・・・クー・フーリン。今後はお前の力とならせて貰うぜ」

不敵な笑みで俺に応じるランサー。

「それでランサー、言峰達は何処でやられたんだ?」

「ああ、『大聖杯』だったか。そこまで辿り着いたのは間違いねえぜ。その直後くたばったようだが」

「そうか・・・やはり『大聖杯』に向かわないと駄目か・・・ランサー早速だが一つ頼みたい」

「なんだ?」

「もう直ぐ、セイバーとライダー、最悪だとバーサーカーにキャスターが来る筈だ。その全員を足止めして欲しい」

「いきなり四対一かよ。少しは楽しめそうだな」

すまなそうに告げる俺に対してランサーは心底より楽しげに応じる。

全身から歓喜に満ちているのは俺にもわかる。

何しろようやく得た全力戦闘の機会だ。

早く戦いたくて身体が疼いて仕方が無いのだろう。

「ランサー、それともう一つ注文だが・・・全力で戦っても構わないがなるべく・・・いや、絶対殺すな。足止めに全力を注いでくれ」

「なんだそりゃ?全力で戦っても良いが殺すなって随分無茶な注文だなそりゃ」

「自覚している」

「はあ・・・こりゃ人使いの荒いマスターに引き当てたか?まあ良いか。無茶な注文に答えるのは昔から慣れっこだ。いいぜ」

「悪いな。それと迎撃ではこのポイントで戦ってくれ」

「??何だそりゃ・・・別に何処で戦おうと・・・なるほどな・・・」

「そう言う事だ。ここなら多少は有利に出来る」

「マジで良いマスターだな、お前」

にやりと笑う。

「お前にいきなり無理させるんだこれ位しないと・・・じゃあ俺は先に行く。よほどの緊急でない限りお前を呼ぶことは無いからゆっくりと時間を稼いでいてくれ」

「おうよ。士郎、お前も気を付けろ。あの触手何処から出てくるか判らんぞ」

「ああ」









「し、士郎が・・・」

「おう、そう言う事だからよ。ここから先通りたきゃ俺を倒して進むんだな。だけどよ・・・この前と同じと考えるなよ・・・死ぬぜマジで」

そう言って槍を構えるランサーから放たれる闘志と殺気は三日前とは雲泥の差、すなわちランサーが本気だと言う何よりの証拠。

「ま、待って下さい!ランサー、私達はシロウを邪魔する気は無い!」

「そうよ!むしろ士郎と協力する気だからそこを退いて」

「悪いがそれは聞けねえぜ。俺はマスターから『ここを通すな、足止めしろ』と命じられたんだ」

「で、でも・・・それだと先輩は・・・」

「ランサー貴方は自分のマスターが危険に晒されつつあると言うのに平気な顔が出来るのですか?」

「おいおい、嬢ちゃん達の方がうちのマスターの実力知っていると違うか?あいつがそうも簡単にやられるかよ」

「それは・・・」

「無理ね、ランサーはもう梃子でも動かないわよ覚悟を決めなさい」

「そのようね。バーサーカー、ランサーを早急に退かせなさい」

イリヤとキャスターの言葉にセイバーとライダーも覚悟を決める。

「話しは終わりか?」

「ええ、悪いけど私達も悠長に構えられる訳じゃないから・・・覚悟しなさい。セイバー始めて」

「わかりました」

「ライダー直ぐに」

「はい」

「バーサーカー、やっちゃえ」

「―――――――!!!!」

その瞬間セイバー、ライダー、バーサーカーがランサー目掛けて突っ込む。

いや、正確には突っ込みそうになった時、

「!!駄目!!バーサーカー、戻りなさい!!」

突然のイリヤの悲鳴に似た命令でバーサーカーは踏みとどまり凛達がいる所まで下がる。

「ちょっとどう言う事よ!!」

凛が声を荒げる。

無理も無い事だ。

いくら最速のランサーでもこの洞窟内では動きは制限される。

そこに四騎のサーヴァントが同時攻撃を行えば容易くランサーを退けられる。

だが、その好機をイリヤは放棄した。

「リン、見てみなさい、ランサーのいる所」

「へっ?・・・あっ!!」

「やっと気付いたわね。ランサーのいるあのポイント、あそこだけは異様に狭いのよ。それこそバーサーカーじゃ、通るに精一杯な位、そんなところでバーサーカーを暴れさせたら・・・崩壊するわよこの洞窟」

「そういう、キャスターあんたは援護しないの?」

「私も無理よ。さっきも言った狭さに加えてセイバーとライダーが完全にランサーの盾と化している。下手に撃てば先に二人に命中してしまう」

「それでも二人の抗魔術なら・・・」

「ダメージは受けなくてもひるむでしょ?」

「その隙を突いてランサーがどちらかの首を取るだけだな」

すなわちここを突破する為にはセイバーとライダーに全てを委ねるしかなかった。

だが、こちらも上手くいっているとは言えなかった。

「はあ!!」

「よっと」

「なっ・・・ちょろちょろと!!」

セイバーの渾身の一撃を、周囲の状況を一瞬の内に把握したと同時に隙間となるポイントへと移動する事でかわし、

「ちい!!」

「くっ・・・」

ライダーの奇襲にも前方のセイバーの動きをけん制しつつ対処する。

しかし、相手はサーヴァント二騎、ランサーにもきわどい場面は無数に存在した。

いや、無数ではない・・・一回一回がまさしく生きるか死ぬかギリギリの境界線で戦っていた。

何しろセイバーには未来予知と錯覚させるほどの直感、ライダーには怪力のスキルを保有している。

セイバーに移動する場所を見抜かれれば先読みされて叩き斬られるだけだし、ライダーの接近を一度許せばそのスキルで自分の首をへし折るだろう。

だが、その様な絶対不利の戦闘など彼にしてみれば生前から味わってきたもの。

そこは彼の卓越した戦闘センスにより次々にかわし弾き逸らし反撃を入れる。

「はっここまでか?つまらねえな。もっと来いよ」

何度目かの突撃を退け、二人に挑発的に煽るランサーの言葉には心底からの歓喜が溢れていた。

不本意であった『聖杯戦争』・・・本来のマスターから奪われて行った事は偵察だけ。

彼にしてみればまさしく欲求不満の日々が続いていた。

その挙句に一度も戦えぬまま終わると思えば土壇場で良い・・・いや、最良のマスターを得た。

まったく感謝したい気分である。

「ライダー、どうしますか?どの道ランサーをあのポイントから引き離さないことには私達に勝ち目は無い」

負ける事も無いだろうが最大の目的である時間稼ぎには十分すぎる。

「その様ですね。では私がランサーを引き離します。セイバーはランサーの牽制を」

一言二言、言葉を交わし二人は再度ランサーに攻撃を仕掛ける。

「はああ!!」

セイバーの一撃をこれだけはかわしきれないと把握したのか、ゲイボルクで受け止める。

だが、それこそが二人の狙いだった。

「ライダー!!」

「わかっています」

その言葉と同時にランサーの右足に鎖が巻きつく。

「!!やべえ!!!」

「もう・・・遅い」

その言葉と同時にライダーの怪力によってランサーは迎撃ポイントから引き離された。

鎖を断ち切って着地するがその時点でセイバー、ライダー、バーサーカーに完全に包囲されていた。

「へっ、俺もやきが回ったか・・・同じ手に二度も引っかかるとはね」

ぼやく様にそう言う。

「さて、ランサーどうしますか?」

「今度こそ四対一ですよ」

「どうするもこうするもあるか。お楽しみはまだまだこれからだ」

そう言い、槍を再度構えるランサーだが、次の瞬間

「?へっ?」

そんな間抜けた声と共に唐突に消えた。

「??」

「ど、どうしたのでしょうか?」

「きっと士郎に呼ばれたのよ。それよりもセイバー、ランサーが戻ってくる前にさっさとここを通るわよ」









令呪に呼ばれランサーが俺の傍らに現れる。

「おい!どうしたんだよ。せっかく良い所だったんだぜ」

「ああ、それについては申し訳ない。だけど・・・お前の力を借りなくちゃならない事態が思いの他速く来た」

「へえ・・・一体何が・・・おい、士郎、何だありゃ」

「何だも何も・・・見た通りのものだ」

「冗談じゃねえぞ・・・あれありなのか?」

ああ、その意見にはいたく同感。

俺も最初見たとき最初の感想は

「ありか?マジで」

だったのだから。

俺達の視線の先にあるのは中空洞。

前回来た時確認したから広さは大体うちの学園のグラウンドと同じだった筈。

その空洞は今先の通路も見えない状態だ。

簡単な話だ。

あの触手がこの中空洞全域に生息しているだけだ。

一体何本存在するか、数えるのも嫌になる。

「お前と別れてから妙に襲撃受けないと思ったが・・・様はここに要塞築いていたと言う事か・・・」

本気で泣きたくなる。

しかし泣き言も言っていられない。

「あれをどうにかしない事には・・・通れない」

「それはわかるがどうするよ?」

それが難題なのだ。

ためしにルールブレイカーの能力を付属させたグングニルを投擲したが結果は見事な失敗。

何しろ、前方の十の触手を消したかと思えば後方・側面から百以上に襲い掛かられ、あえなくへし折られた。

「で・・・俺にどうしろって言うんだ?」

「ああ、これを・・・投影開始(トーレス・オン)」

ゲイボルグを二本投影する。

「!!!坊主・・・改めて見るがこりゃ本物そのものじゃねえか・・・」

「なんかキャスターにも同じ事言われたな。まあ良い・・・とにかく、こいつの真名を発動させてあれに叩き込む。更に俺が爆破まで行う」

「ほう・・・二本同時にか?」

「ああもちろんだ・・・準備はいいか?」

「よし」

俺達は体勢を低く構える。

跳躍は出来ないので自身の身体能力で最大限の能力を打ち放つ。

「「突き穿つ死翔の槍(ゲイボルグ)!!!」」

真名と同時に俺達の手から離れる二本の紅き魔槍。

こちらの攻撃を察したのか触手が襲い掛かるがそれを容易く貫き触手の海に飛び込む。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

その瞬間、轟音が二つ響く。

「どうだ・・・ちっ・・・」

「おっ少しは・・・効いてねえか・・・」

俺達の微かな期待はあっと言う間に失望に取って代わられる。

確かに効果はあった爆心地から数メートル四方のクレーターが二つ出来上がり、周囲も含めて推定二百以上の触手を消し飛ばした。

しかし、それだけ。

あっと言う間に地面はドス黒き影に覆われ再び俺達の道を塞ぐ。

「まじか・・・あれを食らって・・・」

「だが無駄じゃなかった。これではっきりと判明した。残された手段は唯一つ。あの一帯の触手を全て吹き飛ばさない限り通れない」

「んな事言って手はあるのか?」

ランサーのぼやきもわかる。

ランサーのゲイボルグ(しかも二本同時投擲)ですらやっとあの範囲を消し飛ばすのに精一杯だった。

それ以上のものをどうやって用意する気なんだと表情で言っている。

だが、俺も無責任に言っている訳ではない。

一つだけ手がある。

だがその前に・・・

「ランサー、お前に少し頼みたい。いいか、もしここに・・・」

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